社長の独り言 2013/11/18
ベトナム - たまに覗くから面白い!毎日見ないでぇ・・・飽きるから。。 -
投稿日時:2013/11/18(月) 06:31
先週の出張では合計三箇所を訪問したのですが、今日(たぶん明日も)は、ベトナム(ベトナム社会主義共和国)をレポートさせていただきます。
・・・と、その前にベトナムという国について、少しだけ勉強するのも悪くありません。
もちろん私を含めてですが、みなさんもあまりベトナムという国について知らないでしょ?
ベトナムの正式名称は、「ベトナム社会主義共和国」。
20世紀の遺物である、社会主義共和制国家なのです。
中国などと同じように、共産党による一党独裁制度で、ベトナム共産党とその衛星政党以外の政党の結成は一切禁止されています。

これがベトナム国旗です。「いかにも」という国旗でしょ?
ちなみに、国名に関しては、1945年のベトナム八月革命によって独立した時の国名「ベトナム民主共和国」に改める動きがあり、現在国会で審議されているそうです。
国名を改めようが何をしようが、一党独裁制のクソみたいな国であることには間違いありません。
ベトナムに行くと、われわれ外国人も入出国管理や税関などの政府機関、役人と接する機会があります。
そこでの非効率な運営や、クソ偉そうな態度、横行する腐敗などを見ていると、とても将来性のある国とは思えません。

空港のセキュリティチェックも何もかも長蛇の列。
人が多いのではなく、非効率でヤル気のない役人が仕事をしているから、とにかく遅いのです。
撮影禁止だけれど、画面右の白人女性後ろに立っている役人の目を盗んで撮影しました。
「将来性のある国とは思えない」と申し上げたのは、あくまで政治体制の話。
近年、ベトナムでは急激な経済発展が始まっているということをご存知の方も多いでしょう。
日本企業がいわゆる中国リスクを避けるためにベトナムへ進出することが増えてきましたので、日本でもベトナムに対する関心が高まっています。
カネのためなら一党独裁制に加担することを屁とも思わない・・・のが世の中のエゲツナイところです。
自分がやらなきゃ、誰かがやるだけ・・・と、そこは割り切るしかありませんね。
また、この国の人(庶民)たちは、政治体制に大きな不満を持っているように感じません。
何ででしょうね?
豊かな大地に恵まれた温暖な国ですから、貧乏でも食い物にはあまり困らない。
貧乏でもメシ食って生きていけるから・・・だからでしょうか。
さて、少しこの国の歴史をさかのぼります。
1960年代前半から約10年間、いわゆるベトナム戦争が起こっていたことくらいはご存知の方が多いでしょう。
色んな事情はあるものの、結果としてはアメリカがベトナムから敗退して、現在のベトナムが統一されました。
ベトナム戦争に関しては、映画や音楽なんかで取り上げたモノが数多く出されています。
私なんかの世代だと、映画「ランボー」、「地獄の黙示録」、「ハンバーガーヒル」等々、数え切れないほどのベトナム戦争を取り上げた映画を見たものです。
これらの映画は、ベトナム戦争における片方の当事国であるアメリカの映画です。
ベトナム戦争が終結してから製作された社会派の映画なのですが、やはりアメリカ贔屓で作られているんですね~。
そんなアメリカ映画を多く見て来た私は、少々ベトナム人に対して、「怖い」というイメージを持っています。
わかりやすく言えば、「ベトナム人=ベトコン」のイメージから脱することが出来ていないということでしょう。
日本国内で、何人かのベトナム人の取引先がありますので、ベトナム人を全く知らなかった訳ではありません。
日本に住むベトナム人に対しては非常に好感を持っているのですが、彼らはベトナム戦争終結時に母国を逃れてきた人たちなので、本場(?)のベトナム人は彼らと違うだろう・・・というイメージですね。
以前、このようなアメリカ映画の影響によるベトナム人に対するイメージを、率直に日本語達者なベトナム人に伝えたところ、彼は大きなショックを受けていたのをよく覚えています。
話が逸れました。
以前のベトナムは、ソ連と非常に近い関係を持っていました。
ベトナム戦争時に、北ベトナムがソ連全面的な支援を受けていたことをご存知の方も多いでしょう。
今では、「ソ連って何?」という若者も多いかも知れませんが、さすがにそこまでは相手に出来ませんので、自分で調べてください。
え~、ベトナムは中国と陸路を接しています。
ベトナム戦争当時は、中国も北ベトナムに対して支援を行っていた実績もあり、両国の間は比較的良好でした。
ベトナム戦争終結後の1978年、ベトナムと隣国カンボジアの間で戦争が始まり、カンボジア国土の大部分を占領・統治します。
当時のカンボジアの政権は、自国民の大量虐殺で名高い「クメール・ルージュ」(カンボジア共産党)です。
ところが、このクメールルージュは、中国による支援を受けていた国家でした。
当時はすでに中・ソ関係が非常に悪化していたこともあり、親ソ国であるベトナムが、親中国であるカンボジアを占領したことに中国は激怒。
人民解放軍をベトナムに侵攻させ、いわゆる中越戦争が始まりました。
この中越戦争、戦略的な事は別として、戦闘としだけ捉えると、ベトナムの圧勝に終わりました。
そんなわけで、ベトナムは米・中両国に対して勝利した国・・・なんて言われることもあります。はい。
これらの紛争が終結した1970年代後半から1990年代初頭までの時期、ベトナムは国際的に非常に孤立していまして、国際社会から姿を消します。
ベトナムが再び国際社会の舞台に姿を現すのは、ソ連の衰退と崩壊の時期と歩調を合わせることになります。
簡単に年表にしましょう。
1989年9月、国内経済が疲弊したベトナムは、カンボジアから完全撤兵し、カンボジア・ベトナム戦争が終結。
1991年、ベトナムと中国の関係正常化。
1993年2月、ベトナムとフランスが和解。
1995年7月、クリントン・アメリカ大統領がベトナムとの外交関係樹立を発表。
同月、東南アジア諸国連合 (ASEAN) はベトナムの加盟(7番目の加盟国)を認める。
1995年8月5日、ベトナムとアメリカが和解。
1996年1月、ASEAN自由貿易地域 (AFTA) に参加。
1998年、アジア太平洋経済協力 (APEC) 参加。
2003年、日越投資協定締結。
2007年1月11日、世界貿易機関 (WTO) に正式加盟。
とまあ、こんな感じです。
1990年代に入ってから多くの国々と和解を開始して国際社会に復帰することになった国ですので、まだまだ発展途上の国です。
そんな発展途上の国では、人件費などが圧倒的に安い状況ですから、生産拠点として進出する企業も多くある訳ですね。
この国の賃金相場ですが、公の正式なデータは調べりゃわかるのでしょうが、大都市で働いている連中だと、大体一ヶ月3万円くらいの水準かと思います。
職種や条件等によって異なってくるのですが、2万円~5万円程度の水準と考えて間違いないでしょう。
外資系企業などに勤めている連中は、グローバルな水準での報酬を受け取っていることも多いので、ベトナムにおいては法外な高給を受け取っているようですが・・・。
1990年代と比べると、現在は驚くほど物価や人件費が高騰している状況なのでしょうが、それでも新規進出には好条件が整った国と言えそうですよ。
そういえば、夜の盛り場でベトナム進出を検討しておられる中小企業の社長ともお会いしましたね~。
飲み屋で網を張っていれば、色んなことがあるかも知れません・・・。
ああ、長くなってきたので、今日はこの辺で。
・・・と、その前にベトナムという国について、少しだけ勉強するのも悪くありません。
もちろん私を含めてですが、みなさんもあまりベトナムという国について知らないでしょ?
ベトナムの正式名称は、「ベトナム社会主義共和国」。
20世紀の遺物である、社会主義共和制国家なのです。
中国などと同じように、共産党による一党独裁制度で、ベトナム共産党とその衛星政党以外の政党の結成は一切禁止されています。

これがベトナム国旗です。「いかにも」という国旗でしょ?
ちなみに、国名に関しては、1945年のベトナム八月革命によって独立した時の国名「ベトナム民主共和国」に改める動きがあり、現在国会で審議されているそうです。
国名を改めようが何をしようが、一党独裁制のクソみたいな国であることには間違いありません。
ベトナムに行くと、われわれ外国人も入出国管理や税関などの政府機関、役人と接する機会があります。
そこでの非効率な運営や、クソ偉そうな態度、横行する腐敗などを見ていると、とても将来性のある国とは思えません。

空港のセキュリティチェックも何もかも長蛇の列。
人が多いのではなく、非効率でヤル気のない役人が仕事をしているから、とにかく遅いのです。
撮影禁止だけれど、画面右の白人女性後ろに立っている役人の目を盗んで撮影しました。
「将来性のある国とは思えない」と申し上げたのは、あくまで政治体制の話。
近年、ベトナムでは急激な経済発展が始まっているということをご存知の方も多いでしょう。
日本企業がいわゆる中国リスクを避けるためにベトナムへ進出することが増えてきましたので、日本でもベトナムに対する関心が高まっています。
カネのためなら一党独裁制に加担することを屁とも思わない・・・のが世の中のエゲツナイところです。
自分がやらなきゃ、誰かがやるだけ・・・と、そこは割り切るしかありませんね。
また、この国の人(庶民)たちは、政治体制に大きな不満を持っているように感じません。
何ででしょうね?
豊かな大地に恵まれた温暖な国ですから、貧乏でも食い物にはあまり困らない。
貧乏でもメシ食って生きていけるから・・・だからでしょうか。
さて、少しこの国の歴史をさかのぼります。
1960年代前半から約10年間、いわゆるベトナム戦争が起こっていたことくらいはご存知の方が多いでしょう。
色んな事情はあるものの、結果としてはアメリカがベトナムから敗退して、現在のベトナムが統一されました。
ベトナム戦争に関しては、映画や音楽なんかで取り上げたモノが数多く出されています。
私なんかの世代だと、映画「ランボー」、「地獄の黙示録」、「ハンバーガーヒル」等々、数え切れないほどのベトナム戦争を取り上げた映画を見たものです。
これらの映画は、ベトナム戦争における片方の当事国であるアメリカの映画です。
ベトナム戦争が終結してから製作された社会派の映画なのですが、やはりアメリカ贔屓で作られているんですね~。
そんなアメリカ映画を多く見て来た私は、少々ベトナム人に対して、「怖い」というイメージを持っています。
わかりやすく言えば、「ベトナム人=ベトコン」のイメージから脱することが出来ていないということでしょう。
日本国内で、何人かのベトナム人の取引先がありますので、ベトナム人を全く知らなかった訳ではありません。
日本に住むベトナム人に対しては非常に好感を持っているのですが、彼らはベトナム戦争終結時に母国を逃れてきた人たちなので、本場(?)のベトナム人は彼らと違うだろう・・・というイメージですね。
以前、このようなアメリカ映画の影響によるベトナム人に対するイメージを、率直に日本語達者なベトナム人に伝えたところ、彼は大きなショックを受けていたのをよく覚えています。
話が逸れました。
以前のベトナムは、ソ連と非常に近い関係を持っていました。
ベトナム戦争時に、北ベトナムがソ連全面的な支援を受けていたことをご存知の方も多いでしょう。
今では、「ソ連って何?」という若者も多いかも知れませんが、さすがにそこまでは相手に出来ませんので、自分で調べてください。
え~、ベトナムは中国と陸路を接しています。
ベトナム戦争当時は、中国も北ベトナムに対して支援を行っていた実績もあり、両国の間は比較的良好でした。
ベトナム戦争終結後の1978年、ベトナムと隣国カンボジアの間で戦争が始まり、カンボジア国土の大部分を占領・統治します。
当時のカンボジアの政権は、自国民の大量虐殺で名高い「クメール・ルージュ」(カンボジア共産党)です。
ところが、このクメールルージュは、中国による支援を受けていた国家でした。
当時はすでに中・ソ関係が非常に悪化していたこともあり、親ソ国であるベトナムが、親中国であるカンボジアを占領したことに中国は激怒。
人民解放軍をベトナムに侵攻させ、いわゆる中越戦争が始まりました。
この中越戦争、戦略的な事は別として、戦闘としだけ捉えると、ベトナムの圧勝に終わりました。
そんなわけで、ベトナムは米・中両国に対して勝利した国・・・なんて言われることもあります。はい。
これらの紛争が終結した1970年代後半から1990年代初頭までの時期、ベトナムは国際的に非常に孤立していまして、国際社会から姿を消します。
ベトナムが再び国際社会の舞台に姿を現すのは、ソ連の衰退と崩壊の時期と歩調を合わせることになります。
簡単に年表にしましょう。
1989年9月、国内経済が疲弊したベトナムは、カンボジアから完全撤兵し、カンボジア・ベトナム戦争が終結。
1991年、ベトナムと中国の関係正常化。
1993年2月、ベトナムとフランスが和解。
1995年7月、クリントン・アメリカ大統領がベトナムとの外交関係樹立を発表。
同月、東南アジア諸国連合 (ASEAN) はベトナムの加盟(7番目の加盟国)を認める。
1995年8月5日、ベトナムとアメリカが和解。
1996年1月、ASEAN自由貿易地域 (AFTA) に参加。
1998年、アジア太平洋経済協力 (APEC) 参加。
2003年、日越投資協定締結。
2007年1月11日、世界貿易機関 (WTO) に正式加盟。
とまあ、こんな感じです。
1990年代に入ってから多くの国々と和解を開始して国際社会に復帰することになった国ですので、まだまだ発展途上の国です。
そんな発展途上の国では、人件費などが圧倒的に安い状況ですから、生産拠点として進出する企業も多くある訳ですね。
この国の賃金相場ですが、公の正式なデータは調べりゃわかるのでしょうが、大都市で働いている連中だと、大体一ヶ月3万円くらいの水準かと思います。
職種や条件等によって異なってくるのですが、2万円~5万円程度の水準と考えて間違いないでしょう。
外資系企業などに勤めている連中は、グローバルな水準での報酬を受け取っていることも多いので、ベトナムにおいては法外な高給を受け取っているようですが・・・。
1990年代と比べると、現在は驚くほど物価や人件費が高騰している状況なのでしょうが、それでも新規進出には好条件が整った国と言えそうですよ。
そういえば、夜の盛り場でベトナム進出を検討しておられる中小企業の社長ともお会いしましたね~。
飲み屋で網を張っていれば、色んなことがあるかも知れません・・・。
ああ、長くなってきたので、今日はこの辺で。
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