社長の独り言 2016/10/17
給付奨学金 - たまに覗くから面白い!毎日見ないでぇ・・・飽きるから。。 -
投稿日時:2016/10/17(月) 04:54
私の気のせいかもしれませんが、最近「貧困家庭」を扱った番組が放映されていることが多いような気がします。
テレビ媒体で流れている情報の多くは、「貧困を救え」的な印象を視聴者に抱かせるようなスタンスだと感じています。
一方でネットのニュースなんかを読んでると、貧困に対する救済を求める方に対して、過剰な批判や攻撃が行われているとのニュースが流れていたりします。
いわゆるネット世論は、テレビとは逆かなという印象を受けますね。
いずれにしても、「貧困」や「格差」と言った問題が、一つの流行りなのかもしれません。
極端な話ばかりをクローズアップすると、問題の本質や正確な現状が見えにくくなるのでしょうが、皆さんはどのようにお感じですか?
私の感想としては、貧困とは言えないような連中が貧困を主張して、「もっとクレクレ」、「もっとよこせ」と言っているパターンが目立つように思います。
これは「テレビの影響」かもしれません。
いきなり結論じみた話になりますが、
「衣・食・住」に不足しない金銭を得ることができる状況であれば、それを「貧困」と呼ぶのはやめようや・・・と私は思います。
今の日本では生活保護などの方策により、衣・食・住という最低限のセーフティネットに加えて、医療や高等教育などのプラスアルファまでもが事実上保証されています。
それ以上を望む・・・というか、他力本願に頼ろうとするのは、「甘え」以外の何物でもない。
私なんかは、そう思います。
テレビで放映されている、「貧困」を取り上げた番組に対して違和感を感じるのは、多くの場合で「最低限以上」を望む話を聞かされるからだと気付きました。
代表的な例としては、「給付型奨学金」という話があります。
日本の奨学金は「借金」だから、返済に困る学生が多い。
だから借金ではない「給付」する奨学金制度を築くべきだ・・・というお話です。
なるほど。
確かに将来の日本を背負って立つ可能性があるような人材が、貧困を理由に学業をあきらめるようなことがあっては、国家的損失と言っても過言ではないでしょう。
そのような人材に対して、学費や生活費を給付することに対しては、納税者として何の異論もありません。
是非やるべきだと、国民の大多数が考えていると思いますよ。
ただね、本音と建前のある日本社会では言いにくいことなんですが、「ボンクラどもに給付するカネ」など、今の日本には無いんですわ。
具体的に言うとですね、
ごく一部の才能ある人間に対して、奨学金を給付するのは賛成。
多数派の凡人に対しては、給付する必要なし。
これが納税者の考えかと思います。
例に出して申し訳ないですが、美容師の専門学校へ進学しようとする人間に給付型奨学金を出すなんて、そんなアホなことは出来ません。
給付型奨学金を受けれるのは、一部の優秀な人間だけ。
そんなの、当たり前でしょ?
本音では、多くの人が「あたりまえだろ」と、思っていることでしょう。
でも、「若者には平等にチャンスを与えるべきだ」なんて主張が流れてくると、「そうかな?まあ自分のカネじゃないし、いいか」なんて考えてしまう人が増えるのが、日本という国です。
さて、奨学金を返済するのに大変苦労する若者が多い・・・という現状をどうしましょう?
給付型奨学金を議論する前に、「奨学金を借りて、大したことのない大学へ入学しても、卒業後に高収入を得られる可能性は低いから、進学をやめておきなさい」と言ってあげたほうが親切じゃありません?
大人ならもっとハッキリ、「MARCHか関関同立以下の大学だと、ほとんどの大企業では足切りされて絶対入社できない。そんな大学に借金してまで入ってどうするの?」と教えてあげたほうが親切かもね。
それでも、借金してでも、勉強をしたいなら、どうぞどうぞ。
日本にはそのような方のために、奨学金制度があります。
将来返済しないといけませんけど、借りたお金を返さなければならないのは、人類共通のルールです。
あるいは、夜学という手もあります。
日中は自分の学費や生活費を働いて稼ぎながら、夜に学ぶことができます。
少なくとも高度経済成長のころまで、学問を身につけたい日本の若者の多くは、この方法で学びました。
裕福な家庭の人は、苦労なく学問することができます。
貧乏人は、学問するのにも苦労します。
これ、あたりまえ。
大した才能もない、大した努力もしていない。
でも、「クレクレ、もっとよこせ・・・」
世の中、それじゃあマズイと思いますよ。
2016年10月
<<前月 | 翌月>> |
| |
| |
| |
| |
| |
| |
| |
| |
| |
| |
| |
| |
|